FR77、続航セリ#4

新着を給糧艦杵埼からの電信にて受報。
クリップ:#1#2#3


【軍事】ミリタリー系創作スレ【兵器】3 より。
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1280733030/l50

336 名前:666squadron 投稿日:2011/11/24(木) 21:40:13.68 ID:1+nissG1
水曜日

全艦艇で警報が鳴り響いていた。
緊急総員配置のベルのかんだかい音に、唸りをあげて飛来する砲弾の飛翔音と、腹に響く着弾音が重なる。
厚く垂れ込めた雲のした、各自が出し得る最大速力で遁走を図る援ソ船団FR77を追撃する灰色の艦影があった。
船団撃滅に執念を燃やすドイツ軍は、じつにゲルマン的な勤勉さで潜水艦、航空機と手をかえ品をかえての攻撃の後に、つ
いに堂々たる主演女優−8インチ砲8門と21インチ魚雷発射管12門を持つ重巡洋艦−が満を持しての登場とあいなっ
たのであった。
慌しく発艦準備が進められる護衛空母の鼻先では、荒ぶる北海の波頭を切り裂いて戦隊旗艦ユリシーズとその忠実な盟友で
ある “おいぼれ”スターリングが、羊の群れと襲撃者の間に割り込もうと全速で回頭している。
「なんということだ!なんということだ!」
ユリシーズの艦橋では、ティンドル提督が足を踏み鳴らし、特大の癇癪を爆発させていた。
大英帝国海軍きっての高性能レーダーを有するユリシーズが、敵の水上艦艇に砲戦距離までの接近を許すなぞあってはなら
ないことである。
だがいかに卓抜した性能を誇るマシンいえど所詮は不完全な人間の手に成るものであり、電気的、あるいは人的要素に起因
するトラブル、または天候その他の悪条件によって、所定の性能を発揮できないという事態はいつだって起こりうるのであ
った。
そしてジャイルズじいさんの血圧をさらに押し上げているのが、決死の戦いに挑む女王陛下の巡洋艦二隻を差し置いて、ヒ
ッパー級の集中砲火を浴びるという栄誉にあずかっているのが旧植民地製の安物空母、我らがグラップラーだという事実で
あった。
ヒッパー級としては火力で劣る軽巡洋艦二隻よりは航空戦力運用艦である空母のほうが優先度度の高い目標であろうし、艦
首を風に正対させるため船団から飛び出していたグラップラーが一番狙い易かったというのもある。
そのグラップラーの主機械室では機関長が、回転計式速力指示器が19ノットにあがっていくのをほとんど疑惑の目で見守
っていた。
それはこの商船改造空母の“理論上”の最高速度ということになってはいたが、“下り坂”でもなければとても出せる速度
ではないというのが全乗組員の統一見解なのだ。
艦橋では艦長が、ヒッパー級の着弾を追いかけるのに大忙しだった。
砲弾は同じ場所に落ちないというジンクスに従い、艦の前方に水柱が立つたびにその方向に舵を切るよう指示を出しながら、
艦長は機関室を呼び出した。
「全速か!」
「はい」
「敵艦は接近中だ、煙は気にするな」
「煙幕バーナー許可願います」
「許可する」
煙幕を吐きながら逃げ惑うグラップラーの左右に、いかにもドイツ的な几帳面さで等間隔に水柱が林立する−初弾からばっ
ちりと夾差されていながら奇跡的に直撃弾はなかった−なか、ずんぐりとしたグラマン戦闘機が山火事に追われるヒヨドリ
のように慌てふためいて飛び立っていく。


337 名前:666squadron 投稿日:2011/11/24(木) 21:41:01.77 ID:1+nissG1
666飛行中隊のパイロットは、このときばかりは日ごろの戦闘序列などクソくらえとばかりに早いもの勝ちで飛行機に駆
け寄り、発進準備できたものから順次飛び立っていった。
最初に発艦したのはエリザベス・G・ハットン中尉が搭乗する<クイーンのQ>だった。
シャーロット・ホームズ少尉の<グースのG>、エイプリル・ダーレス少尉の<アップルのA>が後に続く。
飛行隊長のエメット・ブラウン大尉が操縦する<ハニーのH>は4番手だった。
大尉は上昇して先行した3機を先導するポジションにつくと、無線で母艦を呼び出し指示を求める。
即座に簡潔かつ明瞭な指令が返ってきた。
『ただちに攻撃にかかれ!』
レイチェル・ウエストウッド少尉がエレベーターで上がってきた<ジンジャーのJ>に乗り込むと、機付き整備長が両手を
振りながら駆け寄ってきた。
「待ってくれ、この機には燃料がないんだ!すぐ給油するからもう少し待ってくれ!」
燃料計はほとんどゼロを指している。
このまま離艦しては5分も飛べないだろう。
またヒッパー級の斉射砲弾が唸りをあげて頭上を通過し、至近弾の爆圧が9千トンのジープ空母を揺るがした。
レイチェルはにっこり笑うと車輪止めを外すよう合図した。
エンジン全開で飛び出した<ジンジャーのJ>は車輪が甲板を離れると同時に鋭い旋回を打ち、敵艦めがけてまっしぐらに
飛んでいった。
以後、バーモンジー出身の勇敢な婦人航空兵を見たものはいない。
2時50分、グラップラーの飛行甲板から最後の一機が飛び立った。
4機のマートレットからなるブラウン大尉の攻撃隊は、ヒッパー級の艦首を12時として、2時の方角から高度600フィ
ートで接近していた。
緊急発進したマートレットの左右の主翼下には、“こんなこともあろうかと”ヒッチコック技術軍曹のチームがありあわせ
の材料を使い、艦の工作室で作製した即席の爆弾架が装着され、それぞれ一発ずつの100ポンド爆弾が吊り下げられてい
る。
進撃するマートレットのコックピットから、ヒッパー級の艦首近くにひときわ大きな水柱があがるのが見えた。
『ありゃなんなら?』
ハットン中尉のグラスゴー訛りが無線機から流れる。
それは666中隊最初の犠牲者、ジェニファー・ペイジ少尉の<ヴァージンのV>が海面に突っ込んだ証しだった。
ドイツ軍艦が現れたとき、戦闘空中哨戒についていたペイジ少尉はいちはやく襲撃行動を開始していたのだが、向こう見ず
なまでに接近して掃射攻撃を繰り返す艦上戦闘機は、ついに37ミリ砲弾の直撃を受けたのである。
ボート甲板に配された連装機関砲の射撃手が放った榴弾は、舷側を掠めるようにして飛び抜けるグラマンのコックピット直
前の胴体に突き刺さり、潤滑油タンクの中で爆発した。
風防ガラスの前に開いた大穴から炎と煙を吹き出しマートレットは石のように落下し、あっという間に海面下に姿を消し
てしまったのだった。
『よし、やっつけるわよ!』
ブラウン大尉は攻撃を命じた。


338 名前:666squadron 投稿日:2011/11/24(木) 21:41:48.58 ID:1+nissG1
4機の戦闘機は対空砲火を分散させるために編隊を解き、大空に散開した。
そしてそれぞれ別々の方角から時間差をつけ、盛んに対空砲火を撃ち上げる1万トンのドイツ巡洋艦めがけて、45度の降
下角度で突っ込んでいく。
エメットは機銃の発射ボタンを押しながら操縦桿をほとんど動かさず、軽く方向舵ペダルを踏んで機体を横滑りさせた。
6挺のブローニング機関銃が吐き出すオレンジ色の曳光弾が、ヒッパー級の甲板を舐めていく。
強力な50口径弾は探照灯を撃ち砕き、20ミリ機関砲の俯仰ハンドルを破壊し、水兵の体を引き裂いて血と臓物がごちゃ
混ぜになったズタ袋に変えた。
機関銃の発砲炎で主翼の前縁を真っ赤に輝かせながら、戦闘機は怒り狂ったクマバチの群れように飛び回った。
それがだれの投下した爆弾か、正確なところは誰にもわからない。
そのときヒッパー級の頭上には10機を越すマートレットが在空していて、ひっきりなしに爆撃と機銃掃射を繰り返してい
たのだ。
確実にいえるのは誰かが投下した爆弾がドイツ巡洋艦の煙突に飛び込み、煙路の中で炸裂したということだ。
大きく破孔の生じた煙路から、重油を燃焼させることで生じる真っ黒な排気ガスがボイラー室に押し寄せた。
ドイツ海軍の鉄の規律をもってしても、急速にボイラー室に充満する有毒な煙の中で配置に留まり続けることは不可能だっ
た。
ボイラー室は放棄され、ドイツ巡洋艦はゆっくりと速度を落とし、遂に行き足を止めた。
ユリシーズの艦橋では興奮した“農夫”ジャイルズが肉薄しての魚雷攻撃を叫んでいたが、吼え狂う戦隊司令はキャリント
ンに優しく羽交い絞めにされ、艦長は180度回頭して船団に復帰するコースをとるよう命じた。
目的地はまだ遠くであり、行く手に次の障害が待ち受けていることは確実である以上、手負いの猛獣に止めを刺すためにこ
ちらが大怪我をするリスクを犯すわけにはいかぬのである。
グラップラーには攻撃を終えた艦載機が続々と帰投していた。
ただし出撃した機体より戻ってきた機体は2機少ない。
ペイジ少尉の<ヴァージンのV>、そしてウエストウッド少尉の<ジンジャーのJ>が未帰還となった。
樽のような胴体から降着装置を引き出したマートレットが次々と着艦コースに入るなか、アリシア・ミッチェルマン少尉が
エンジン不調を連絡してきた。
アリシアが機乗する<デキシィのD>はエンジンに機関砲弾を受け、シリンダーの一つが吹き飛んでいた。
サイクロンエンジンは大打撃に屈することなくいまだ回転を続けていたが、油温計はとっくに振り切れ、クランクケースの
中で破片が跳ね回るガラガラという音がコックピットに響き渡っていた。
故障機が甲板を塞ぐことを避けるため、艦長は不時着水を命じた。
<ジンジャーのJ>が駆逐艦サイラスの艦尾を横切り、着水体勢を取ったところで戦闘機の機首が爆発した。
超低空を飛んでいたグラマンは右に傾いて翼端で海面を叩き、毬のように跳ねあがってくるくると回転しながら海に突っ込
んだ。
双眼鏡を構えたオー艦長の視界には、開け放たれたコックピットの中でハーネスを締めたままぐったりと突っ伏した搭乗員
の姿がはっきりと映っていた。
サイラスの救命ボートが海面に降りるよりもはやく、国立劇場でオフィーリアを演じることが夢だった20歳のパイロット
を乗せた戦闘機は、北海の波間に沈んでいった。

http://002.shanbara.jp/jisakue/view/b_4.jpg

ヒャッハー!2年振りの続きだァー!!!