三題噺?の軍艦3隻*1

フランス海軍・機雷敷設巡洋艦「ド・プュ」級

(Croiseur, Mouilleur de Mines Classe "De Pouyu", Marine Nationale)

※要目
  • 基準排水量7,600t、全長162m、全幅16m
  • 蒸気タービン3軸、機関出力78,000shp、速力32knot
  • 武装
    • 6.1インチ3連装2基
    • 3.5インチ連装高角砲4基
    • 機雷360個(又は水上機4機)
※概要

フランス海軍1928年度計画により建造された高速敷設巡洋艦
単艦のみの建造であり、同型艦は無い。

前級「プルトン」に比して、通常の巡洋艦としての戦闘力を強化するために大型化し、砲火力と速力を改善している。
特徴としては、ダンケルク級大型巡洋艦リシュリュー戦列艦と同様、前部に集中配備された主砲配置で、6.1インチ(15.5cm)3連装砲を2基装備し、後部には機雷戦関連の設備をレイアウトしている。なお、魚雷戦装備は考慮されていない。
この後部レイアウトは、巡洋艦としての運用時には水上機4機を搭載した偵察巡洋艦として用いることを念頭においたものであり、艦隊においてはなかなか好評であった。

※戦歴

第二次大戦勃発直後、ブレスト軍港にて作戦準備のため機雷搭載作業中、衝撃により機雷の信管が誤発動したために搭載中であった機雷116発が誘爆。爆沈した。
2次大戦における最初のフランス軍艦の沈没であったが、フランス降伏の混乱の中、殆ど知られる事がないままであった。


イタリア王国海軍・水雷嚮導巡洋艦「ミュネーオ」級

(Incrociatore, Condottieri Classe "Muneo", Regia Marina)

※要目
  • 基準排水量6,660t、全長177m、全幅15.6m
  • 蒸気タービン2軸、機関出力110,000shp、速力37.6knot
  • 武装
    • 5.25インチ連装2基
    • 4インチ連装高角砲2基
    • 21インチ4連装魚雷発射管12基
※概要

イタリア海軍1935度計画により建造された水雷戦隊旗艦用巡洋艦
単艦のみの建造であり、同型艦は無い。

砲撃能力強化のために大型化しつつあった軽巡洋艦の流れに対し、水雷戦隊の中核としての高速の嚮導艦が不足を来すという状況に応じて計画されたもの。
速度を優先するための大出力機関を搭載するために、主砲は連装2基を前後に各1基のみとし、中央部の機関ブロックには両舷に各6基の4連装魚雷発射管を配置した。
この魚雷発射管は、コンパクト化するために2連2段式のスクエアな構造とした新型であり、後に小型の嚮導巡洋艦「カピターニ・ロマーニ級」にも搭載された。

片舷斉射24発という重雷装は、駆逐艦四隻の一斉発射に並ぶものであり、その高速性能と相まってフランス海軍からは相当の脅威としてとらえられていたという。
ただし、設計的に極端に過ぎるという批判から、同型艦の建造は取りやめられたため姉妹艦はない。
もっとも、上層部の意向とは別に現場での人気は相当なもので、同艦の艦長になるのが漢の花道、と云われるほどであった。

※戦歴

第二次大戦開戦後、クレタ強襲作戦及びマルタ封鎖作戦などに従事。
しかし残念ながら、戦争の前半において連合国艦艇と遭遇することはなく、自慢の水雷突撃を発揮することはなかった。
後に、北アフリカ強行輸送任務に従事のため魚雷発射管を陸揚げし、高速輸送艦に改装。
イタリア降伏時、残存。
独逸の接収部隊が迫っているとの報を受け、ラ・スペツィア軍港を脱出。
マルタにて英軍に投降。
連合国指揮下で輸送艦として運用される。
後に、平和条約の締結に伴ってイタリア共和国海軍籍に復帰、再び魚雷発射管を装備した姿となる。
海軍水雷学校練習艦任務となり、一線配備から離れる。
1955年、老朽化のため除籍。


日本帝国海軍 海防艦 「笠戸」

("Kasado", Escort Vessel "Etorohu" Class, Imperial Japanese Navy)

※要目
  • 排水量1,020t、全長72.5m、全幅9.1m
  • 艦本式ディーゼル機関2基2軸、機関出力4,200bhp、速力19.7knot
  • 武装
    • 12cm平射砲単装3基
    • 25mm対空機銃連装2基
    • 爆雷
※概要

や、史実艦ですからっ!